ちょこらく喫茶店

ああ、身も蓋もない

続・どう生きる?

ちょこらく喫茶店の中屋裕喜です。

 

前回の「どう生きる?」の続きであります。

 

近ごろのわたくしができるようになった考え方の一つに、

不確定要素を受け入れるというものであります。

 

今日は生きているけれど明日は死んでいる。

今日は病気が見つかっていないけれど明日を境に闘病生活が始まる。

今日は何事もなかったけれど明日はわからない。

 

これさえ納得出来たら、それで満足であると思うのであります。

 

仕事がなくなっても住むところがなくなっても、

病気になって医療費がじわじわ高くても大切な人が居なくなっても、

その状況でやってくだけなんですね。

 

若い頃は先々のことを恐怖したものですが、今は平気です。

 

 

木偶の坊と言われても、ちくわ大臣と言われても、構うこたないんです。

バカみたいに今やれることだけやっとけばいいと近ごろは思います。

将来に備えて今やれることでもいいし、

やっとかないとまずいことをやっといてもいいですし、

やるだけやったという既成事実が案外あとで効いてくるかなと思っております。

 

 

あと受け入れることと言えば、

人間同士の関わりも受け入れるようになりました。

 

 

わたくしは人間の世界で生きていくのだと腹を決めたらだいぶ楽になったのであります。

 

まあ当たり前なんですけれどね。

逃げられると思っていると人生は圧倒的に苦しくなるものですね。

自分が人であることを認めて、不器用でもなんでもいいので自分なりにやってくことにしたらいいとわかってきました。

 

孤立しても、嫌われても好かれても、どう思われても仕方がないです。

他人の頭の中は操作できませんから。

けれどそれはお互い様だと思って観念いたしました。

 

若い頃のわたくしは対人関係につまずき、

仕事を追われ家庭を追われ、

友人を失い恋人も失いました。

親でさえイヤ~な顔をしておりましたよさすがにwあんときは。

 

 

 

 

私が人と共に生きていくことを受け入れなかったら、人は私と共に生きることを受け入れてはくれないです。

なるべくなら穏やかに誰かと共に、

そして自由に生きていきたいのであります。

 

 

読んでくださってありがとうございました。

つづく。