ちょこらく喫茶店

ああ、身も蓋もない

誰にだって自尊心はある

 

 

ちょこらく喫茶店の中屋裕喜です。

 

 

 宅建の勉強をしています。

本日の宅建・過去問は平成23年度の分です。

昭和初期の文学集もなかなかの読みづらさですが、民法もなかなかであります。

いや、相当なものです。

 

何がどうしてこうしたとてそれはこうならずにこうした場合はああなってこうしたとてそうならないこともあるけれども、こうするものとす。

 

と申されても、結局何がどうしたものか皆目わかりません。

そういうものだと心得て、問題を解き続けることが今の私のやるべきことです。

今日も何も考えずに取り組みました。

 

 

さて今回のテーマは、他人のプライドについてです。

 

 

誰にだって自尊心はある

 

自分が仕事がデキるとしたら、それは自尊心が満たされることと思います。

まあそれはそうなので、今回はどうでもよくてですねw、

外に出ると、よほどの僻地ではない限り人がいたりします。

 

その会う人、居る人、すれ違う人、全員に自尊心があることを考えたことはありますでしょうか。

職場の人にも自尊心はあります。

自分の子供にも、隣家の奥様にも誰にでも自尊心はあります。

 

ちょっと水を向けてみると、皆さまヤバいくらいガチで生きています。

聞きたいことを尋ねてみると、

ご自身の経験や哲学についてのお話を、立て板に水の如く真剣かつよどみなく聞かせてくださるものです。

 

仕事、子育て、教育、生き方、人生訓、教養などなど。

万物に哲学があるくらいですからね、誰にだって哲学があります。

 

それで、私が何を言いたいのかといいますと、

独り勝ちをしてもいいことなどないということです。

 

頑張れば、ずば抜けてしまうことは人生の中ではそれはあるでしょう。

しかし頑張ってもずば抜けないことだってよくあるのであります。

自分が努力してずば抜けている横で、誰かが必ず努力してずば抜けずにサポートしているものですね。

 

ずば抜けてはいけないとか、横並びになりましょうとかという話ではないのであります。

 

ただ、自分の横にいる人の心にも承認欲求があって、自己顕示欲があって、喜びや悲しみや、くやしさや張り合いがあるということを忘れないだけでいい。

我々は分裂した一つの生命体ような生き物で、相手の辛さも相手の頑張りも素直に尊敬し合えるのだということを忘れないほうがいい。

もの言わぬ時ほど人間は自尊心に振り回されている。

そんな誰かを見たら、功績をたたえる心で接しよう。

 

というわけであります。

 

それだけで、自分も周りも一緒に能力を上げていけるのではないでしょうか。

なにも一流企業の話ではないですよ。

小さな町の小さな庭でも同じです。

 

 

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

ではまた。