ちょこらく喫茶店

ああ、身も蓋もない

周りに敵なしと思っている人に敵なし

ちょこらく喫茶店の中屋裕喜です。

 

宅建の勉強中です。

今日の過去問も平成28年度です。

昨日の正解率の低さを受けての足踏みでしたが、なんとか抜け出せました。

体は疲れていますがちょっと清々しい気分であります。

 

 

今回は「敵」についてです。

 

 

周りに敵なしと思っている人に敵なし

 

結論からいいますと、

「敵がいないなあ」と言っている人の周りには敵がいませんね。

 

けっこうそこ、気が付けて良かったと思うのであります。

 

 

上司も部下も同僚も、お客様も敵ではありません。

会社も学校も、ご近所さんも、怒る他人も誰も彼も。

全部丸ごと敵ではないのだと気が付いてからは、人間関係が変わったと思います。

 

 

まず私自身が、より素直に率直に人と話をするようになりました。

敵ではないので過剰に警戒をする必要がないからです。

 

 

敵の前で無防備な姿を見せようものなら、

またたくまに攻撃されて死んでいるやもしれぬ。

 

しかし敵ではない人の前で多少自分をさらけだしても、

けっこうふつうに無関心でいてもらえます。

なんなら「この人はしょうがないね」と許してくださる場合もあります。

 

 

敵じゃないってありがたいですね。

 

 

気に食わないことをする人も敵ではありません。

その人は、私を困らせるために故意にひねくれた性格を演じているのではない。

単純に性格がひねくれているか、ひねくれざるを得ない事情があるか。

 

相場はそんなところです。

 

 

クレーマー状態のお客さんに事情を聴いてみたらば、お客さん自体が困っている状態を切に訴えているだけだった。

駄々っ子に話を聴いてみたらば、駄々っ子自体が困りごとを必死に伝えようとしているだけだった。

いじめっ子も、いじめっ子にならざるを得ない事情があるだけで。

組織も組織で事情があるわけで。

 

何も私ごときを困らせるためだけに、奇行に打って出たわけではない様子なのであります。

 

 

いじめっ子のターゲットにされて完全なる個人攻撃を受けることもあります。

災難かつ残念ですが、そういうこともあります。

しかしそれだって、彼らが本当の本当に敵対視しているのは私ではない気がするのであります。

 

彼らはもっと別の何かと戦っているのであります。

 

相手も私を敵だと思わずに心の苦しみを吐露してくれたらならば、

こんな私でもなにか力になれたかもしれないのであります。

なんだかちょっぴり気の毒でありますね。

 

 

敵ではないと知ることは、自分の精神衛生には有意義と思います。

 

 

こうなるままにしていたら、こうなったであろう状態の人。

今まで私が敵だと思っていた人は、実はただの「こうなった人」かもしれません。

 

器用なようでいて、案外器用ではない人もたくさんおられるのかもしれません。

 

敵ではないと思うと敵はいなくなる、

という話でした。

 

 

最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。

ではまた。