ちょこらく喫茶店

ああ、身も蓋もない

賢くなくてもやれちゃう

ちょこらく喫茶店の中屋裕喜です。

 

宅建の勉強をしております。

今日の過去問は平成19年度でした。

「え?この問題、初めましてだよな?」

という経験を何度も重ね、手こずりながらもなんとか解き終えることができました。

ふう。

 

 

 

今回のテーマは、賢くなくともできることはたくさんある。

という話です。

 

 

そこ、関係なかったわw

 

 

世の中には本当に一部の賢い人にしか成しえないものごとがあります。

ご存知の通りに。

それはまあ「うん、そうだね」で片が付きますので置いておきましてw。

 

 

本題の結論はですね、

 

自分の生活を改善することは、別に賢くなくてもできるのではないか。

自分が何を選ぶかということと、頭の良し悪しは関係がないのではないか。

 

関係あるのは、

「失敗した時のことを考えて悲観しない」

みたいな感覚が有るか無いか。

そのあたりなんじゃないか?

 

ということであります。

 

 

 

「私は賢くないからお金は稼げない」

「私は賢くないから自由を手にすることは無理だ」

「私は賢くないから投資でお金を得ることはできない」

 

 

など賢くないことを言い訳にして、

あれも無理だこれも無理だと言い続けてきたけれど、

ほんとはそこ、関係ないような気がしております。

 

 

 

自分が快適に生きるために身につけたいことを選ぶ。

選んだら、実行する。

その行動を阻むものは「賢くない」という事柄ではない。

本当は勇気がないだけ。

 

 

 

 

うん。なんだかよく考えてみたらちょっと変ですよね。

賢い人が「私がこれを選んだのは賢かったからです」って言っているのを聴いたことがありませんでした。

そういえば。

 

 

宇宙飛行士に「どうして宇宙に行きたいと思ったのですか?」と尋ねたら、

 

「それは私が賢かったからです」

という答えが返ってくるでしょうか。

 

そういうこともあるかもしれませんが、そのあたりは「例外」ということにしていただけると話が進めやすいですw。

 

 

 

賢いっていうことが自信につながっていて、失敗を恐れにくくしているのであればそれは賢さに関係するのかもしれませんけれども。

しかしそこ、賢さが多少足りなくても、勇気でカバーできそうじゃないでしょうか。

 

 

 

「デブだからタンクトップ着ません」

「頭悪いからこの仕事で我慢しています」

「なんの取り柄もないから、せめて痩せていないとって思うんです」

「不細工だから、好きな子に告白できないし」

 

うん。わかる。

まあ私もだいぶいろんな言い訳をしてきました。

本当に言われる悪口も傷つくけれど、自分の頭の中の他人が言う悪口にもっと傷つくってことも知っているのであります。

 

しかし、口の悪い他人や自分の頭の中で作った口の悪い他人に自分の人生の邪魔をされるのはもうイヤなのであります。

 

 

最後までお付き合いいただきありがとうございました。

ではまた。