ちょこらく喫茶店

ああ、身も蓋もない

結局、成るに任せるっていう話

 

ちょこらく喫茶店の中屋裕喜です。

先日、初雪が降りました。

 

アルバイト先の有給休暇ももうすぐ終わります。

来週からはコタツ生活を終え、

再びバイトに精を出す日々となります。

 

就活も続いておりますよ。

現在の成績は下記の通りであります。

落選が1件。

結果待ちが1件。

面接予定が1件。

という状況であります。

 

今日から2020年宅建試験に向けて勉強を始めました。

スマホゲームに比べると楽しくありません。

 

 

前回のブログでは、

この期におよんで「本当に不動産業で身を固めていいのだろうか?」

なんて自問自答をしておりましたけれどもね、

今回はその件について、

気持ちの整理がつきましたので記していきたいと思います。

 

 

受け入れられた世界でやっていく

 

結論から申しますと、

面接を所望して受かった業種で身を固める。

 

という結論に相成りました。

 

 

話せば長くなるのでありますが…。

(長くなるくらいなら話さないでいただきたい)

 

でも話すのでありますが…。

(だったら前置きで時間を使わないでいただきたい)

 

 

わたくしの生まれた家庭は、

教育に関するリテラシーの低い家庭でありました。

 

 

女の子は近所の高校にでも適当に入って、

近所のお店の店番でもやっているうちに嫁に行って、

子供を産んで育てて生涯が終わるくらいで万々歳。

かえって責任の多い仕事に就くことは大変なだけで幸福ではない。

 

母はそのように考えていたようなのでありました。

 

してわたくしはほんとに近所の高校に通い、

ほんとに近所のローカルスーパーのレジをするという、

家族の期待を裏切らない低スペック娘へと成長したのでありました。

 

 

 

しかしその通りの道を選んだとて、

皆が皆同じように感じるものではないのでありますね。

わたくしはそんな生き方に納得ができませんでした。

 

今にして思えばこの時の転職が、

わたくしが自分の力で運命に逆らうことのできた

最初で最後の出来事であったような気がいたします。

 

あ、で、話を元に戻します。

 

母は悪くないんであります。

高度成長期、年功序列、終身雇用の時代真っただ中を生きた一女性に、

何の罪もございません。

ただ時代は変わるのであります。

あるいは人は皆違う人格を持っているだけなのであります。

 

 

丸腰で社会に出て、

高卒は正社員の企業面接のエントリー資格がないと知ったときは、

なんだかとてもがっかりしたのを覚えています。

 

勉強というのはとても大変な努力を必要とするものであります。

好きなことを我慢して努力を重ねてきた人にエントリー資格があるのは、

考えてみたらちっとも間違ってはおりません。

 

ですからわたくしにはがっかりする資格さえもないのでありました。

勉強という努力をしない10代を過ごしたわけでありますから。

わたくしはこの10代の罪を、

一生かけて背負わなければならないとその当時には感じたのでありました。

 

 

とまあそういう経緯がございまして、

今回正社員で雇ってくださると言って頂けた業種に沿って生きることにいたします。

これまでだってそうやって落ちたところの価値観で、

期待にお応えしながら幸せに生きてこれたのであります。

たぶんわたくしはそういう生き方でいいんであります。

 

もし今回不動産の企業様がわたくしを内定にしてくださったのならば、

その道で生きていくのであります。

 

もしわたくしが招かざる者であれば、

その場合はまた新たな道を考えます。

そして成るように成ったところでやりくりいたします。

 

 

最後まで読んでくださってありがとうございます。

ではまた。

 

 

追伸

ミリガン、宿題が終わらないと口説いております。

今まさに人格がパカパカと変わるピークタイムで面白すぎます。

あんまり人格が入れ替わるのでww、

「ちょろっと動画観たりゲームでもして気分転換したらいんじゃね?」

と水を向けると、途端に人格が安定いたしました。

偉いぞミリガン。

勉強がきみの生涯年収を上げてくれることを祈るよ。